
能面の魅力は、見る角度によって表情がガラリと変わることですね。人の心が変わっていく様がお面の中に見えるんですよ。そのときの自分の気持ちによって、全く見え方が違います。面と対話ができるんです。それが非常に面白いですね。
昨年10月、初の個展を開いたのですが、あるお面を見て、黙って涙を流して帰られたお客様がいたんですよ。「あのお面を見てから生活を変えようと思いました」と、数日後連絡がありました。
女の執念や嫉妬を激しく描いたそのお面を見て自分の生活と重なるところがあったのでしょうか、こんな顔をしていてはダメだ、と思われたんでしょうね。その時、自分の作ったお面がその人の心の中に入ったのだと思いました。
あぁ、自分の訴えたかったことが伝わったんだなぁと感じました。人の精神的な部分で、何らかの形で補っていったり、影響を与えていけること、これが私にとっての能面の魅力です。
私は20代、父が工業技術賞という日本一の賞も取っている家具職人だったので、父のもとで10年近く婚礼家具を作る仕事をしていました。ここで刃物の使い方や木を削ぐなどの技術を学びましたね。
しかし、30代はろくに働かずにギャンブルに明け暮れ、大変堕落した生活を送ってしまいました。そんな生活をしていたせいでしょうね、人に裏切られるという苦い経験もしました。人の裏表が見えたり、心の複雑な動きが見えた辛い時期でした。
40代は何か定職につかなきゃなぁと思っていたところ、弟の紹介で建築の仕事をすることになったんですね。ここで9年ほどやっていたのですが、弟が肺ガンで亡くなってしまいました。
その弟の最後の言葉が、「これからはやりたいことをやってくれ」だったのです。建築の仕事を無理してやっているように感じていたのでしょう。弟はちゃんと分かってくれていたのです。それからしばらく1年ほどその仕事を続けていたのですが、弟の言葉がずっと心に残っていました。そこで、やはり何か本当にやりたいことを見つけようと思い、会社を辞めました。
しばらくたったある時、競馬に向かう途中、八坂神社で開催中の能面展のポスターを見て、「何か面白そうだな」と思いました。気付いた時には競馬のことなどすっかり忘れて、そのまま吸い込まれるように展示会に向かっていたんですよ。そこで師匠に出会い、直感的に「自分にはできる」と感じたのです。
自分は20代で技術を学び、30代でさまざまな経験をし、辛い経験もして人の心の移ろいを見てきました。そして40代で仕事に対しての正確さやスピード感を養いました。これまでの50年は、能面と出会うためだけにあったのではないかと思えるほど、自分の経験がすべて能面作りに生かされているように感じられました。
私の作る能面は現代的な顔をしていると言われます。あごを若干小さくしているためです。なぜ私が現代的な顔にこだわるのかというと、能の文化自体が現代にシフトしていくことが、より発展につながると思うからなんです。
能というのは話がシンプルにできているのでいくらでも肉付けができるんですよ。言い換えればどう解釈するかが試されるわけですよ。そこには同時に新しい可能性を秘めていると思うんです。
人間の生活を考えても、昔と今とではずいぶん違いますよね。お化けとか鬼というものが話に出なくなりました。ということは現代に即した新しいキャラクターが出てきても不思議ではないんです。新しい題材も生まれる可能性があるわけです。最近の世相に合わせたものですね。
先日中村勘九郎さんが、ニューヨークでの歌舞伎公演でアメリカ人警察官を出演させて大盛況を収めましたが、伝統文化と現代文化を融合させて昇華させた、すごく良い例です。日本のみならず世界へ新しい表現の能面文化を広げていきたい。ひとつのファッションとして使われるというのも面白いですよね。
それもすべて内側である我々から、世の中への歩み寄りが必要だと思うんです。親しみを持って誰もが分かる表現の仕方をする努力をしていくべきだと思います。それが新たな組み合わせを呼び、よりすばらしい発展につながると思うんですよ。
私の作る能面が能面界に新しい刺激を与えて、それによって能面界自体が新しく発展していけば、これほど嬉しいことはないですね。

